『 ー  世界各地の先住民の多くは、さまざまな文化の違いはあれど、この点で共通している ー 私たちの文化は感謝に根ざしているのだ。』

『 ー 感謝に根ざした文化はまた、レシプロシティーに拠って立つ文化でなくてはならない。人間であろうがなかろうが、すべの「人」は、自分以外のあらゆる「人」と相互依存関係によって結ばれている。全ての生き物が私に対するある義務を負っているのと同じように、私にも彼らに対する義務がある。私に食べさえてるために動物が自分の生命を差し出すのならば、お返しに私は彼らの生命を与えなければいけない。川が私に清らかな水という贈り物をくれるなら、私も同様に贈り物を返さなければならないのだ。そうした義務とはどういうもので、どうすればそれを果たせるのかを学ぶことが、人間の教育には不可欠である。』

BOOK:『植物と叡智の守り人』
著:ロビン・ウォール・キマラー
より

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 ぼくが、どうしてこんなにもネイティブの人々惹かれるのかという理由が、初めてはっきりと言語化された。それは、彼らが『感謝』に生きているからだ。自然への感謝がすべての彼らの行動基準だった。感謝に生きる彼らのその言動の先に、常に大いなる自然との繋がりを感じていた。その世界観に生きる人々の美しさに、ぼくは憧れていたのだと思う。 『美しさ』とは『全体性』のことだと思う。全体性を意識して、創られていく『美しさ』。
 
 彼らの感謝の言葉には、『義務』を全うすることの、決意表明が含まれていた。相互依存の生態系の中で、より助け合って生きていくためにそれぞれが担った『義務』。彼らの『義務』を常に意識し、全うしていくことの生き方に、憧れていた。

『 ー 感謝のことばは、義務と贈り物は同じ硬貨の裏と表であることを思い出させてくれる。遠くまで見える目という贈り物を与えられえたワシには、私たちを見守る義務がある。雨には生命を支える力をお贈り物として与えられたがために、地上に降りながらその義務を果たす。

 人間の義務とはなんだろう?もしも与えられたものと義務が同じものならば、「私たちにはどんな責任があるか」と問うのはつまり、「私たちは何を与えられているか」と問うのと同じことだ。

感謝する能力は人間だけのものだと言われている。それは、私たちに与えられた贈り物の一つなのだ。

BOOK:『植物と叡智の守り人』
著:ロビン・ウォール・キマラー
より



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ぼくは、もう10年以上の前の旅の記憶を、今でもこうして思い出す度に、勇気を与えてくれる彼らとの出会いに、こころより感謝している。こんなにも感謝しているからこそ、ここに書きたいと思った。

『 ー とてもシンプルなことなのだけど、感謝には互いに感謝し合う循環を引き起こす力があることは私たちの誰もが知っている。白状するが、娘たちがお弁当を掴んで「ありがとうママ!」と言わずに走って出ていってしまうと、私は自分が費やした時間や労力がちょっと惜しくなる。ところが、娘たちが私に抱きついてありがとうと言おうものなら、私は夜遅くまで、明日のお弁当に入れるクッキーを焼きたくなのだ。感謝は豊かさを生むことを私たちは知っている。毎日私たちのお弁当を作ってくれるマザー・アースだって同じことではないろうか?』

  BOOK:『植物と叡智の守り人』
著:ロビン・ウォール・キマラー
より


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北米先住民・ホーデノショーニー
『すべてのものに先立つ言葉(感謝の言葉)』

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