1/31(水)

Day 14 つづき

 すっかり仲良くなった事務局のおじさんたちが、「お昼ご飯を食べよう」と、鍋にお湯を沸かして麺を作り始めたころに、女の子たち到着。

 なんと、ここの道は、午後には通行の時間規制のため封鎖されてしまうとのことで、(だいぶ山の上の道なので、安全や自然保護の意味なのかな?)彼女たちはすぐに出発しなければいけないらしい。ご飯に未練があったけど、おじさんたちに「ごめんね、行かなきゃ」とお礼を告げて、彼女たちの車に同伴する。

 車は、日本の軽バンのような車種をキャンピングカー仕様にしていて、「今回は連れてきていないけど、私たち犬と一緒にこの車で台湾のいろいろなところにキャンプをしにいくのよ」と言っていた。楽しそう!

 ぼくの予定としては、行きしなに気になっていた河原の栗松温泉へ行ってみようと思う。アクも「とてもおすすめで、河原でキャンプできるよ」と教えてくれた。今晩は、そこでキャンプして、一晩中温泉に入って山登りの疲れを癒そう。最高じゃないか!

 温泉への分岐点までやってきて、彼女たちとお別れ。この二日間、山の特別な時間の中でとても仲良くなった。お別れに、「大丈夫、何か必要なものない」と聞いてくれて、「これ持っていって」と、車に入っていた、お菓子一袋と、インスタント麺を渡してくれた。僕が山登りように持参していた食料がは、もうあまり残っていなかったので、これはありがたく、「ありがとう、とっても助かります」とお礼を言う。

 彼女たちは、「急がなきゃ、通行止めの時間に間に合わなくなるわ」と言って、別れを惜しみながらも出発。実は、ぼくのために彼女たちの進行方向と逆に来てくれていたのだ。台湾の人たち、ほんとうにみんな優しい。ここまで、親切な人たちばかりにあっていると、もう国民みんないい人たちのように、思う。この相手を思いやる国民性は、どこから来ているのだろう?思いやるばかりか、その思いを実行に移せることにも、とても感動していて、それはどんな家庭環境や教育があるからなのだろうかと、思っている。

 温泉へは、車道を外れて、畑道を歩き、そこから、急な山道を降って行く。温泉は河原にあると言うことで、山の斜面の下にある川底へは随分と距離がありそうだ。山道は、なかなかに急で、場所場所で、ロープをつかって直角に降っていくようなところもあった。下から人たちを会ったが、この急な上り道に、ぜえ、ぜえ、と顔を真っ青もしていた。

「山登りが終わって、やったー、温泉だ!」とのお気楽な気持ちだっただけに、なかなかの山行に、少し怖気付く。「これは、三日前にバスで下の村にたどり着いた時に、夕方から、しかも雨の中、この温泉を目指さなくてよかった」と思い、「もしあの時行っていたら」と、おっかない気持ちになる。しかし、それもGoogle Map のナビの表示時間で行けるかなと判断していたのだけど、実際に来てみるとんでもなかった。とんでもない時間がかかるではないか。どうやら、Google Map は山道を含むナビの場合は、あまり参考にしない方がよさそうだ。街中では、とても助かるけど。これからは、山岳ガイドのアクが「山道だったらこっちのアプリがいいよ、時間も、道も詳細だよ」と言って教えてくれた、MAPS.MEというアプリを使ってみることにしよう、無料だし(あと、もう一つ、事務局のおじさんが教えてくれた有料アプリがあったけど、それはめちゃくちゃ詳細な山岳のプロ仕様で、ぼくには使い方がよくわからなかった)。

 最後に、ロープに捕まりながら、岩場をほぼ直角に降りながら、やっとの思いで川原に到着。もう、夕方近く。今朝まではあの山のてっぺんにいて、そこから、朝4時からずっと気張って歩いていたのだ。それは、疲れる。山登りの帰りがけの、気軽な立ち寄り温泉とは、まったくの計算違いだった。

 河原の石の上を歩き、水際まできてみたけれど、温泉らしき場所はない。しかし、目の前の川に人為的にロープが渡してあるのをみると、ここを渡れということだろう。靴を抜いで、手に持って渡ろうとしたが、膝ぐらいまでの高さの水の流れだがなかなかに強そうだ。両手が空いていた方が良いだろうと、バックパックに靴を挟んで再度挑戦。対岸にわたり、奥の方に歩いて進むと、向こうに緑の壁が見える。そして、湯煙が立っている。温泉はあそこだ!しかし、温泉は、再度、川を渡り直した対岸にあり、しかも今度は水は、胸ぐらいまであって、これは本当に危なそうなので、はじめに荷物を対岸において、もう、短パン一丁になって、再度トライ。

 僕以外にはだれもいなくて、この大自然の中を裸になって、裸足で岩を四つん這いで這っていく感覚に、「ああ、この感じだったなー」と馬で中米を旅していた頃の感覚が蘇ってきた。「今思うと、よく一年間も、大自然の中を馬と一緒に野宿しながら旅していたものだよな。素晴らしい時間だったよな」と思いながら、この自然の中でしか開かない感覚に戻っていく(逆に言ったら、開いているはずの感覚が閉じてしまっていると言うことだけど)。それは、この3日間の登山でほぐれてきたこともあるし、しかし、登山では届かなかった部分でもある。このいわゆる山登りだと、大自然の中だけど、やはり他の人がいるし、決められたルートを歩き、ルールもあるから、人間としての自制の意識がある。しかし、馬で旅した時の感覚とか、この谷底の川原で一人きりになって自分の感覚に従ってテント場を探し、場を整えて親和性を生み出し、そこで時間を過ごす感じは、用意してもらった山行とは、自然と自分の意識の折り込まれ方がまた異なるようだ。

 ロープに捕まりながら、川を渡り、そして、ついに温泉へ!

 どうやら、緑になった岩肌を落ちてくる滝(という程の水量でもないけれど)が温泉のようである、相当に熱い。そこに、川の冷たい水を引き込んで温度調整をする。浴槽は、そこらへんの石を並べて縁を高くしたぐらいのものなので(変人工的にコンクリートとか敷いてないのが、最高である)、あまり深くないので、アメンボのようになって水面ギリギリ全身が浸かるぐらいである。しかし、最高のロケーションに、「これは、人生で一番の温泉だ!」と思う。熱くなったら、横に流れる冷たい川に飛び込み、また温泉に戻ってをひたすら繰り返した。

 温泉にも満足し、テントを張ろうと対岸に戻る。

 火を焚き、夕飯を作り、川音を聴きながらいっときカリンバを奏で、寝る。