10月5日(日)

季節もあっという間に秋である。

10月に入り、ここネパールでも(日本もそうであると想像しながら)見事な秋空が広がっている。光りと空気の織りなす層は薄くなり、透明さをあきらかに増している。肌に触れる感覚も変わった。夏の暑さの火照りが残る肌に、この澄んだ空気の冷たさは心地よい。この冷たさは、あっという間に、厳しい寒さとなるだろう。この季節が移り変わっていく瞬間は美しい。この瞬間、心も大きく動いているのだろうか。変化に美しさを見ることは、不変のものに美しさを見いだすことよりも、容易なことなのかもしれない。

旅の美しさとは、移り変わっていく変化であろうか。それは、自分自身が物理的に移動して行くことの結果の変化を、旅というのだろうか。とにもかくにも、人の心は変化に無条件に反応していくのだろう。反応は心に感情を生み出す。それは、喜びかもしれない、そして、悲しみかもしれない。

この旅で会った、同い年のイギリス人のアーティストが旅について、素晴らしいことを言っていた、とても簡潔に。「旅の素晴らしいところは、考えるスペースがあるところだ。」

反応によって生み出された感情、そのことに対して自分がちゃんと受け取り、考えるスペースが旅にはあるのだと思う。この作業が人を成長させてくれるのだと思う。健やかに、あるがままの方向へと。

そして、この変化は、故意の物理的な変化であるにしても、その意図的な行為によって、コレだけ様々な学びの場を与えられるというのは、実に面白い発見である。自分から一歩踏み出して動くことによって、その作用として世界は大きくコチラに働きかけてくるのだから。

ブッタが発見した究極の心理は、「万物は常に変化している、万物は無常である」ということであった。

つまりは、変化はあらゆる事象に対する自然の法則なのである。「旅」とは「日常」のことなる状態であり、どちらも「変化」の過程なのかもしれない。

自分は、どれだけ「変化」に意識的であれるであろうか。変化への無意識の反応はとても危険であり、激流に流されていくようである。しかし、無意識であるということに意識を向けることすら難しい習慣に沈んでしまっているのが常である。自分自身も変化であるからには、いかに意識をもって変化の流れに留まることができるであろうか。変化と共にあり続けられるであろうか。

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ここ最近は、アパート暮らしを始め、チベット僧院へタンカ(仏画)のクラスへ通ている。月〜土曜日の朝九時〜夕方5時までみっちりと若いラマ(僧)達と絵を描いている。今日は日曜日で、まるで若かりし学生時代のように日曜日のお休みをのんびりと味わっているところなのである。

アパート暮らしの一番嬉しいところは、自分のキッチンがあるところ。道ばたの野菜売りのおばちゃん、おじちゃんたちの野菜を物色し、あたらしい食材に驚き、家に帰って料理して食べてみる。停電の多いネパールでは、ロウソクの灯りに照らされて頂く夕食もしばしばだ。

旅先ではあるが、こうして一時の居を構え、地元の人達と同じルーティーンで一日の波に揺られて行く心地よさがたまらない。「旅先で暮らす」のが好きである。

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ネパールに来てから、憧れのヒマラヤの山々へトレッキングに2度ほど出掛けた。1回目は20日間の道のり。2回目は1週間ほど。日本にいたここ数年、ずっとずっと膝の痛みに悩まされ、大好な山登りを諦めていたので、これだけ長居距離を再び歩くことが出来て、心の底から叫びたいほど嬉しかった。(実際に、ヒマラヤの壮大な自然に心震え、叫び声が何度もあがった。)ネパールに来たら、長年の悩みがヒョイッと治ってしまったのである、あら不思議。

やはり、自然は偉大である。何者よりも美しい。あの景色は今でもぼくの心の中に鮮明に残っている。その大切な思い出をしまい込んだ心の扉を開くとき、あの景色は瞬く間にぼくの心の隅々まで広がり、ぼくの心は再び震え、神聖さを身にまとう。

星野道夫の言葉を思い出す。「アラスカでオーロラが見れなかったとしても、この偉大な自然ですごした時間が大切だと思う。この経験は時間を経てあるとき、ふと思い出すかもしれない。そして、辛いことや悲しいことがあったとき、その思い出に励ませれることがあると思う」(というような、ニュアンスの一文だったと思います、間違っていたらごめんなさい。日本の家に帰ったらもう一度本を見直してみます。)

星野道夫のこの一文も心に染み渡る。

「心が震えるほどの素晴らしい自然を見た時に、きみはそれをどうやって大切な人に伝えると思う?」

「ぼくが文章を書くのが上手であれば、その感動を文章にして書くと思う。ぼくが絵をかくのが上手であれば、その感動を絵にしてぼくの大切な人に見せてあげたい。」

「うん、一番のその感動を伝える方法は、自分自身が変わることだと思う。」

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