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4月29日(土)

曇り、これから雨かな


 ある本で「毎日の瞑想の進歩の指針になるもの」ということで、「瞑想の習慣を一回飛ばしてしまったら、気持ち悪く感じるか」と(いった感じだったと思うけど!?)、書いてあった。

 つまりは、歯磨きをしないで寝たら気持ち悪い、お風呂に入らずに寝たらなんだかスッキリしないと同じように、それが毎日の意味ある習慣になっていれば、それをしないと体が「あれ?」となってしまうことなのだろう。

 一昨日の晩からのお泊まりで、夜のお絵かきと朝の日記・執筆のルーティーンが、丸一日分できなかった。そのことは事前にわかっていたので、残念な気持ちがまず生まれてきたのを自覚して「あれ、ちゃんんと習慣化してきているな、体に浸透して来ているな」と思ったのです。そして、昨晩家に帰って来てからも、サクッと絵を書いて、今朝もPCを広げて日記を書いている。いつもの動きに戻れて、「これだよね」と安心した気持ちのような。習慣が、安心のホームとなる。

 しかし、習慣も続けていればこそのお休みのありがたさが、あって、昨日は海で旧友たちと素敵な休日をすごした。

 と、いいながら、今朝は、今度は、地元の中学校で演奏で、もうすぐに行かなきゃだけど、習慣をキープする、やりたくてソワソワしている、ということで、時間の許す限り、日記を書こう。

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 お泊まりの理由は、翌朝に海の近くの小学校で、馬頭琴の演奏をすることになっていたから。絵本の読み聞かせと一緒に。読み聞かせに誘ってくれた、たいちときよかの家族はぼくの山から、1時間ほど車を走らせて海へ出だところに、住んでいる。

 3月の頭に、きよかから電話が掛かってきた。「今度、小学校の読み聞かせのボランティアで、『スーホの白い馬』を読みたいき、たくや一緒に馬頭琴演奏してよ」と。「それは、やろうやろうとなって、「校長先生に相談したら、ぜひやりましょうって」「わたしの担当は一学年だけなのだけど、もう全校生徒集めてやろうとなっているよ。そしたら、他の読み聞かせのボランテイアも一緒に、演奏聴けるって、喜んでる。」「体育館って先生たち行っているけど、外がきもちよいよね。校長先生に相談してみるき」などと話していたことが、ついに実現した日だった。

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 たいちときよかは、20代の終わりに自分たちで海が一望できる土地を買って、セルフビルドでそれはジブリみたいな家を建てて、高知に住んでいた。「ついに夢の土地を見つけたよー。たくや、遊びにきなよ~!」と、二人に誘われて、彼ら二人のパラダイスランドを訪ねたのが、僕の高知移住のきっかけだ。

 さらに遡ること20年近く前の、2004年に僕たち3人はコスタリカのRainbowGatheringで出会った。たいちときよかも、そこで出会ってから2人はずっと一緒にいる。いまでは、小学生の息子が二人いる。

 久々に訪ねた彼らの家は、やはりとてもワクワクして、さらなる家づくりもだいぶ進んでいた。この冬は山の木をたくさん倒して、ガーデニングスペースを作るのを頑張ったと聞いていたので、朝の光に見に行ってみると、それまたウキウキするような、山肌のガーデンが出来上がっていた。

 やはり、誰かの暮らしを見させてもらうのは、ぼくにとっての一番の芸術体験だなとたいちときよかの暮らしから、思わせてもらった。「よし、ぼくも明日から自分の暮らしもっと楽しく頑張るぞ」と思わせてくれた。

 いっときお散歩して、母屋へいくとたいちが子供たちの朝ごはんのためにチャーハンを作っていた。ぼくはその横でコーヒーを淹れながら、たいちに感動を伝えた。

「ぼくが20代の頃に、カリフォルニアのヒッピー家族の暮らしを見て憧れて、僕も暮らしをやりたい、と思って今の暮らしがあるわけだけど、もう、あの頃に憧れてた暮らしと同じ感覚がここにあると思ったよ」と言ったら、たいちは、「もうそれ、最高の褒め言葉やん!」と喜んでいた。

 長くなりそうなので、また明日に、続く。