さて、台湾旅の『まとめ』です。
台湾、歩いてみて、とてもとてもよかったです。
「台湾に行くのなら、歩いて旅したいと漠然と思っているけど、できるのかな~」って、四国お遍路の楽しかった思い出と、「なんだか台湾って四国に似てるかも」との根拠のない直感から始まったのだけど、そのことを思うと、本当に歩けて満足のいく旅となったことに、感無量です。
山々、先住民の文化、古き日本の面影との出会い、各地の美味しいご飯、そして、そして、台湾の人々の優しさ。台湾で出会った人々の様子に、「家族っていいなー」って、つくづく感じたのも、台湾に来たからこその自分自身の新たな発見。
そう、人々の優しさは、お遍路の時にも、たくさんかんじたなー。
そう思うと、ミニマムにシンプルに歩くという行為が、素で人々と出会える道なのかも。
人と出会うといった意味では、自分自身ともたくさん出会ったのかな?その視点から考えると、今回の台湾旅は、本当に楽しすぎて、人々にもたくさん出会って、それはそれはよくしてもらって、「たのしかったー!」との感想が真っ先に出てきます。もし、一人でのつらい経験が強かったのなら、「自分自身と出会い、向き合った」と言うのかもね。例えば、瞑想センターではそんな環境が与えられるので、とことん自分と向き合います。なので、台湾の歩き旅、とにかく楽しかったです!そして、野宿しながらの旅だったのに、安全な感覚がずっとあったのも、ある意味で台湾のお国柄だったからこそでした。この安心の空気が国中に流れているのはどういうことなんでしょうね?とにかく、すごい!
さて、今回のぼくの旅のテーマのひとつにUL(ウルトラ・ライトパッキング)というのがありました。ここまで荷物を削って、少なくして、軽くしての旅は初めてのこと。そのために、ギアに対する事前リサーチに、投資もかなりしたものですが。結果、荷物が軽いって素晴らしい!荷物が軽いことでこんなに可能性が広がるのかと思って。可能性とは、「煩わしさが減る」ということのかもと思います。荷物が重いおかげで、行動の選択肢が狭まっていたのが、その足枷が取れる感じ。荷物のアイテム数も少なければ少ないで、旅中に持っているもの中で工夫してやりくりして行くというのも面白いところ。その発見に大きな喜びが。20代の頃の旅の思考では、荷物が少ない中でどうやって自分の環境を豊かにしようかと言うことで、「なんでも自分で作ってみよう」と物作りの道にはいったけど、その結果、荷物はやはり増えていましたからね。しかし、今回は、「荷物を軽いままに行動して行くこと」を主題にしていたから、スタート地点からの目指す方向が違ったわけで、その結果、結局旅中に物欲みたいなものは出なくて、ぜんぜん物を買わなかったものな。消えもの食事には、だいぶ投資して、楽しみましたが・笑。
あと、今回の旅での新発見で感動だったのが、衣類。ずーっと、自然素材のものに拘っていたけど、旅にもっていける衣類はワンセットだけとの制限下で、化繊やメリノウールの、速乾性と消臭性は、ほんとに素晴らしい昨日だと思った。いっぱい歩いて汗かいても臭くならないし、夜に洗濯して部屋干ししても生乾きのにならずに乾いているし、なんなら洗濯機の脱水直後から着用してしまって、着たまま乾燥させることが可能だった(冬の寒い時期だったから、寒いかも)。旅や出張先で、衣類の生乾きのあの最悪の匂いで、なんどげんなりした思いになったことか。生乾きの衣類しか着る選択肢がない時、匂いを気にしてしまって、人に会うのも嫌になってしまうものね、、、。しかし、化繊の質感や見た目には慣れないのも確かで、お洒落心を満たしきれない思いもあるのも確か。旅先でも人前で演奏などをすると思うと、その時の衣装のことも考えたいしね~、などとね。おかげで、承認欲求みたいなところの意識のテコ入れにもなった気がするけど。まあ、全部が全部叶うわけではないので、優先順位をきめて、『潔く在る』という在り方にも繋がった気がします。
荷物について、最後のもう一つ。それは、楽器ですね。いったら、楽器はなくても旅できるので、荷物を減らすという面では、持っていかなかったら、これまた随分と軽く、煩わしさも減ったことだろうに。野ざらしで担いで旅することで楽器の扱いに随分と気を使うし、駅前のロッカーに荷物を預ける時も馬頭琴の長さのおかげで、大きなロッカーを探さなければいけない。そんなこといったら、飛行機の預け荷物が一番のネックで、もし馬頭琴がなかったら、機内持ち込み荷物だけで済んだだろうに。しかし、やはり好きなんですねー。しかし、それでもあきらめないということは、もうぼくのアイデンティティというか。これが、ぼくのスタイルということなのだろう。UL化にともなって、衣類をはじめ、今まで培ってきたスタイルをだいぶチェンジしてみたけど、「楽器と旅する」ということは諦めませんでした。今回の台湾旅でも、楽器のおかげで、どれだけたくさんの人たちと繋がれたか。音を奏でることで、どれだけたくさんの(自分なりの自己満の方法だけど)お返しをできたことだろうか。そして、旅の最後に台北では、とても素敵な空間でライブ演奏会をさせてもらうことができた。旅先であっても表現者でいたいという、ぼくの大きなニーズが、そこにあるのだろう。なので、なので、楽器はいつも一緒にいてくれるぼくんも旅の相棒だ。
楽器について、もう一つの視点で言うと、この荷物が少ない旅、つまりはノイズが少ない環境であるからこそ、アイデンティティとして残った音楽により密に接する環境を整えていたということかもしれない。そう思うと、それは、旅でなくても日常でもノイズを減らしていくことでの可能性があるのかもしれない。旅で得た感触からから、台湾の旅から数ヶ月ぶりに自宅に戻ってきた際には、勢いよく断捨離したものである。これも、旅から得た経験による、日常へのよい効果だと思う。なんか、物もスッキリ、気持ちもスッキリ、そして、すっきりシャープにやりたいことに取り組むぞ!、そんな環境を整えていきたい気持ち。
さあ、まとめもこんなところですかね。
もう半年前の旅を思い出しながら書く作業は、改めての気づきがたくさんありました。「書いて文字にする」というプロセスを通したからこそ、より定着化していくことも多いと思います。そして、書いたことによって改めて感じた一番のことは(もう、これ何度も何度も言っていてしつこいぐらいですが最後にもう一度)、台湾の方々への感謝の気持ちです。思い返してみて、「本当によくしていただいたな」との、あたたかな思いに溢れます。そうなのでね、「大自然を歩いて旅した」などど言っても、後のなってこころに一番残っているものを感じた時、人から受けた親切こそが人の心を育てていく一番の滋養なのかもしれないなと思うのです。本当に、ありがたく感謝の気持ちと、この気持ちを育てて、また次に繋げていきたいです。
はい、これにて「台湾日記」終了です。
ありがとうございました。
また、次の旅を楽しみに!
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写真は、歩き旅後に、もう一度逢いたい人たちに会いに行った様子。
と、台北での帰国前夜の演奏会の様子だよ。