祖母が亡くなった。
おばあちゃんは来月に満96歳になるところだった。

半年前には、100歳と半年のもう一人の祖母が亡くなったところだった。祖母の姉もこのあいだ100歳で亡くなったところ。長寿の家系である。みんな老衰での最期だったから、悲しみよりも命を全うしたことへの、お祝いの気持ちが大きい。と言いながらも、やっぱり寂しい。

おばあちゃんとは、いつもいっしょにお菓子を食べてお茶をして、お買い物に一緒に行って、もしかしたら、人生で一番仲のよかった人かもしれない。いつも無条件の愛をくれた人。いつだって、その笑顔でぼくを励ましてくれた人。

そう思うと、やっぱり、そんな人がいなくなるのは寂しい。けど、ゆっくりと老衰していく姿に、こちらのお別れの準備もできていたような。家族集まっての葬儀も、和やかなよい時間となった。もしかしたら、故人の人柄がそのままに、最後の集いの場の空気を作るのかもね。みんな、おばあちゃんの笑顔を思い出していた。

先日、祖父の本棚に、祖父が戦争体験について綴った文章をひょんなことから見つけた。こんなのがあるなんて、いままで知らなかった。

文章の中に綴られている事実は、ぼくの想像をはるかに超えていて、祖父が体験したことだとは信じられないような気持ちである。僕の記憶に残る祖父の姿といえば、リビングのいつものソファに座って巨人戦を観戦している、あの和やかな姿だ。

ぼくは、図らずや、この間の台湾の旅で、日本統治時代の様子を年配の方からお話を聞いて、戦争というものをいままでになく実感したばかりであった。台湾の70、80代の年配の方々が、みな揃って日本語を話せる事実を目の当たりにして、日本統治時代の戦争の影響をありありと実感したからだ。

しかし、なぜか血縁の祖父や祖母の戦争中の話は、あまり実感をもって聞いたことがなかった。もしかしたら、ここに綴られているように、祖父はその話をあまり孫たちにはしなかったのかもしれない。祖母は数ヶ月前に最後に会って話したときには、若かれし頃の楽しかったことや辛かった思いで話をたくさんしてくれたが、その時代は同時に戦時中でもあったのだろう。

それでも、あの時代を経験した人の血がぼくの中にも流れている。そして、その人たちが、逝ってしまった。ぼくは、過去の記憶が切り離されてしまったような感覚に囚われている。なんだか、祖父が綴ったことの実感のなさに、これでいいのかと思ってしまう。もっと、ちゃんとその話を聞いておくべきだったのではないかと。

TVの画面には、いまでも戦争の様子が映し出されている。

おじいちゃんはどんな願いをこめて、この文章を書いたのだろうか。この文書を残しといてくれてよかった。孫の僕が、今この時代に読んでたくさんのことを感じているよ。ここに綴られているように、あのとき祖父の命が絶たれていたら、ぼくの命もなかったのだ。

祖母はどんな思いで、旅だったのだろうか。

祖母が亡くなってからのこの一週間、祖母が遺した部屋を感じたり、残された家族と会ったり。生きることや時間というものの不思議さ、人間の営みとはどういうことなのだろうか、と感じるこの一週間を過ごしている。

おばあちゃんの笑顔が懐かしい。