1月18日(木)2日目

よく晴れている。

沖縄よりも南にある台湾はどれだけ暑いものだろうかと思っていたけど、日本のようには寒くないけど、朝晩は日本からの冬の格好そのままで丁度なぐらいだ。日本の、まだ肌寒い春先といった感じかな。

今日は、台北散策の一日。

まずは、日本の友人に教えてもらったおすすめの朝ごはん屋さんに行く。食事は旅の楽しみの一つだよね。ぼくは、普段は午前中はコーヒーの一杯だけで何も食べないのに、台湾の朝食事情に興味津々で、つい張り切ってしまう。これが爆弾おにぎりの原型なのでは!?と思うようなような、台湾おにぎりの飯糰(ファントァン)が一番のお気に入りだ(このあとの旅路でも朝ごはんにはいつも飯糰を探してよく食べたものだ)。

その後、これまた日本のお友達におすすめしてもらった、迪化街という古い街並みの一角にある『地衣荒物』という古道具と作家物のセレクトショップに入る。お店の陳列を眺めていると、店主の男性に何やら中国語で話しかけられるもわからないもので、「I’m Japanes」と答えると、「あ、日本人ですか。その服、素敵ですね」と着ていたえみおわすのシャツを日本語で褒められ、会話が始まった。「あなたも、何か物を作ったりしているアーティストですか?」と尋ねられたので、謙遜しながらも「料理したり、絵を描いたりしています。あ、そう、音楽も」と言って、カバンの中に入っていたカリンバを見せる。宿に馬頭琴を置いて来てしまったのが残念。そんな感じでしばらく話していたら、店主のBioさんはなにやら感じたようで、「ここで、琢哉さんのLIVEをやりましょう」との話になった。「それは、うれしい。やろう、やろう」といったノリで、LIVE開催が決定。日付は、僕が台湾をぐるりと旅して台北に帰ってきた、帰国直前の2ヶ月後にやろうとなった。これは、楽しみだし(どんな人たちに会えるかな)、緊張もするし(異国の地ではどんな反応だろうか!?)、おかげで、この2ヶ月の旅中に楽器を鳴らすモチベーションにもなるようで、気持ちがピシッとなった。なによりも、自分の表現を通して地元の人たちと繋がれるのは嬉しいことよ。20代の頃の、何年も何年も、自分の表現で道でお金を稼ぎながら放浪をしていた頃を思い出す。

『台北の、朝一番の街並み』

お店が閉まる夜9時過ぎに、ヘクターとCOW RECORDSで待ち合わせ。「随分と遅くまでお店をやっているんだね」とヘクターに尋ねると、台北ののお店は、昼過ぎに始まって、夜遅くに閉まるのが、通例だということだ。

ヘクターの1日の終わりのいつもの駅までの散歩道を、一緒に歩く。ヘクターはこの仕事終わりの散歩の時間が好きで、最寄駅からわざわざ数個先の駅までいつも歩いているらしい。道端になにやら袋をもって並んでいる人たちを見かけ、「あれは、ゴミ回収のトラックを待っているところだよ」と、教えてくれた。すると、音楽を鳴らした大きなゴミ収集車がやってきて、人々がそちらに歩み寄っていく。それぞれにゴミを捨て終えると、人々は家に帰っていき、また静かな夜の通りへと戻った。こうして、ここに暮らすヘクターと一緒に歩くことで、観光者という目線からより親しみを持った気持ちでこの土地と人々を感じるられる。きっと、街が静かになったこの夜の散歩は、今日1日のいろいろなことを感じ、消化していくための時間なのかもしれない。ぼくにとっては、ヘクターのお店に立っているときの姿から、お店が終わったあとのリラックスした姿を横で感じることができるのも、なんだか現地の人々の気持ちを通して旅に深みを与えてくれるようである。そんなことを感じながら、「いつもここによって、一杯飲んでから帰るんだよ」と立ち寄った、路地裏にあるヘクターの友人のBarの外の席に座って、夜風に吹かれ、ビール片手によりリラックスした表情のヘクターといっときのお話をした(ぼくは、お酒飲めないけど)。

そして、地下鉄の駅まで歩いて、お別れ。
夜もすっかり遅い。
ぼくは、明日の朝一番に台東に向けて出発だ。

「また、台北に帰ってきたら連絡するね」とお別れを述べる。
「よい旅してきてね。困ったらいつでも、電話してよ」との言葉に、ヘクターのいつもの笑顔の奥に頼もしさを感じ、あたたかな安心した気持ちとなる。