1/30(火)

Day 14

山小屋の朝は、はやい。
まだ、3時にもならぬというのに、あちらこちらから、身支度をはじめる音が聞こてくる。
「朝食は4時に集合ね」と言われていたので、それまで瞑想す。

キッチンに入ると、火が焚かれていて、暖かいスープをいただく。
寒さにこわばっていた体が緩む。
昨晩は、寒さに、寝袋の中、一晩中、力が入っていた気がする。

朝食のお礼を言って、出発。
(ご夫婦のキャンセル分の食事で、昨晩の夕食ばかりか、朝食もいただいてしまった)

外はまだ暗く、ヘッドライトをつけて、出発。
星が出ている。
昨日の雨空から、空は晴れたようだ。
山頂でのご来光を、目指す。

もう、ここは森林限界を超えているので遮るものがなく、先発組のヘッドライトの灯が、前方の峰々に見える。そのヘッドライトの灯たちを結び、ルートを目でなぞる。闇には、こんなヘッドライトの小さな光でも、遠方へと、著しくに輝くものである。

一晩、山の上で寝て、高度順応したのか、体がよく動く。昨日は、高度に、はぁはぁと歩くのしんどかったが、今朝は、それを適度な負荷として、気持ちよく感じている。山の上、酸素の薄い中を歩くのは、普段は刺激が届いていない細胞や血管の奥までが活性化されていっている感じがする。その細胞の目覚めに、自身の内側での出会いも始まっている。

空が次第に、黒から藍色へ。

山頂に、このカラダ、届く。

空紅く染まり出し、雲海の水平線に、光の線、走る。

無心に、目を開き、見つめる。

光線が、眼球から体の奥へと突き刺していく。

内を照らし、照らされた刺激に、また、さらなる、内側での出会いが起こっていく。

その充たされていく感覚を味わいながら、この事象が、毎日、この地球上で起こっていることを思う。

ぼくが自宅にいて、スヤスヤと夢を見て寝ている時だって、朝日は登っていて、こんな奇跡のような景色が広がっているのだ。

山の頂のように、こうした自然の雄大な場所にくると、その当たり前の事実を目にし、思い出す。と、同時に、自分の意識が随分とズレたところに行っていたことに、気付かされる。

はあはあと歩いたこと、朝日を見つめたこと、そして、その光に、我がただ無心になったこと。いま、清らかな感覚に満たされている。

こうして、日々の人間営みに乱れた周波数の調整を、山に登る行為でしているのかもしれない。

そして、この充たされ、清らかになっていく感覚をしかと認識している自分がいる。その感覚を内側の体験としても、刻み混んでいる。まるで、自然と呼吸を合わせてスケッチをするように。自覚的に保存したこの体験は、きっと、日々に戻っても、また自分の立ち返れる場所として存在してくれているだろう。

陽もすっかり昇ったのを見届け、眼下の嘉明湖へ。

そこには、山小屋で一緒だった面々が、湖に辿り着いた喜びと、目の前に広がる景色の美しさに、顔を輝かしている。なんだか、そんな無垢な人間の自然な姿を目にして、また、こころ洗われる気持ち。人間のうちにも大きな自然が広がっていることを、見せてもらったのだろうか。山の上では、いろいろな美しい景色に出会えるものだ。

ほとんどの人は、朝日を拝んだら、またすぐに引き返してしまった。みんな一泊二日の行程で、今日はこのまま下山するようである。湖のすり鉢状の底から見上げたら、遠くに、あのお世話になった一団が見えた。彼らも今日下山すると聞いていた。手を振って大きな声を出したが届かず、ならばと、そちらへ向かおうとしたら、彼らも歩き出してしまい、すぐに、峰の向こうに姿が見えなくなってしまった…。お別れをちゃんと言いたかった…。

最後には、湖に残ったのはぼく一人だけになってしまった。ぼくは、今晩もまた同じ山小屋に泊まるので、時間はいくらでもある。湖のある山頂の周りをしばらく好きに歩いて散策してみる。

これだけの無機質な景色の中に、命の存在が自分一人だけとなると、自己という定義が狂ってくる感覚になる。そして、たまに出会う動物たちに、客体からの自己がまた生まれ、命同士の出会いを喜ぶ自分がいる。

目の前には、3000mを越す雄大な山並みが広がっている。「富士山よりも高い、台湾最高峰の玉山(3,952m)はきっとあれだろうか」と、GoogleMapと見比べっこする。

満足し、山小屋に戻り、昼食を自炊する。お皿を抱えてテラスに出る。じっとしていると寒くはあるが、今日からの晴れのおかげで、テラスに出て日を浴びていれば、暖かく快適に過ごせる。その後は、山の上、何もないからこその贅沢な午後の時間を、読書して過ごす。

テラスにて読書をしていると、山小屋の管理人のアクがぼくを見つけて「調子はどう?」と話かけてくれた。そして、一緒にひまわりの種をつまみながら、お話を楽しんだ。アクはぼくより少し年下と言ったところか。とにかくアウトドアが大好きで、台湾中の面白いアウトドアスポットや野外温泉をたくさん教えてくれた。ぼくがこれから歩いて旅をする予定のマップを見せたら、自分のホームタウンの近くを通るみたいで、「よかったら、ぼくの家にも遊びにきてよ。僕が山から降りて、家にいたらだけどね」と言ってくれた。

午後には、下から登ってきた一団が、続々と到着。こんばんは、学生の大きなグループが一緒のようだ。先ほどまでの静けさが、若者たちのわいわいとした楽しそうな活気に変わった。

夜は、管理人部屋でアクから、他の台湾人の女の子二人組と一緒にレスキューのレクチャーを受ける。こうして、興味のある人に無料でこのようなレクチャーを提供してくれているようだ。とても、勉強になった。

アクが、「ぼくは登山者みたいにそんなに早く起きないから、明日の朝は会えないかもね。明日、気をつけて山を降りてね」と言うので、「大丈夫、部屋をノックして、起こしにいくよ」と言うと、「いいよ、寝てたいから」と苦笑いしてた。