【 はじめての海外一人旅 in LONDON part1 】

 

 

はじめての海外一人旅は、大学一年生から二年生になる春休みのことでした。

一人旅といっても、今思い返してみれば、ロンドンに滞在しホームステイをしながら語学学校に通った、いわゆる語学留学です。しかし、この経験がぼくの意識を世界にむけて一気に広げてくれることになったのです。それは、日本の大学生生活を窮屈に思っていた日々からの、ある意味での脱却でした。

ロンドンに行こうと思ったきっかけは、ある高校の友人のひと言です。それは、大学の正月休みの年明けに高校の仲間達で集ってフットサルをして、一息ついてみんなで着替えながら缶ジュースでも飲んでいるときだったでしょうか。そこで高校3年間同じクラスで仲良しだった女の子が「わたしは、春休みに2ヶ月間カナダに留学して英語を勉強してくる」と言っていたのです。ぼくはその言葉を聞いてすぐさまに「悔しい」と思ったのを覚えています。この「悔しい」の言葉の裏にはこんな感情があったと思います。「あれ、ぼくは2ヶ月もある大学の春休みに、何をするつもりなのだろう?あの子が海外でいっぱい新しい経験をしてくるというのに」。そして、「負けたくない・・・」と思ったのです。そう、ぼくは「負けたくない」と思ったのでした。その頃のぼくは、大学浪人を一年間経験し、ただでさえ高校の同級生達に少なからずの劣等感を覚えていました。というのも、偏差値のよい高校だったので周りのみんなは現役で立派な大学に受かり、華やかな大学生活を送っているのを横目に、ぼくは頑張って浪人生活を一年した割には、結局思ったような学校に入れなかったのです。人生の挫折です。いまになって思い返してみれば、あの浪人生活の一年間に味わったちりちりとした痛みをともなった空白の日々は、その後の自分につながるとても貴重な時間だったと実感し、感謝の気持ちさえあります。それは、人生ではじめて立ち止まり、自分の人生、将来というものをまじまじと考えさせられた時間だったからです。もちろん、その当時に、「これ!」という答えが見つかった訳ではなく、ただもがいているだけの日々でしたが、それは、自分自身ではじめて自分の人生をよりリアリティをもって(痛みが大半でしたが)考えはじめた瞬間だったのです。もし、高校卒業後にすんなりと大学へのレールへと乗っかることができていたとしたら、優等生のままであったとしたら、また違った人生観になっていたでしょうね。

東京で生まれ育った高校生までのぼくは、まさにサッカー一色の日々でした。小中高とどれだけの時間と情熱をサッカーに注いだことでしょうか。当時は、「プロサッカー選手になりたい」とも本気思っていましたが、だんだんと自信の才能たるものを自覚し、高校3年生を最後にサッカーに見切りをつけてしまったのです。

大学生になってからは、いままでサッカーに注いでいた情熱のやり場に困りました。なにか、いつも不完全燃焼のような、燃えきらない日々。一浪の末の大学では希望の建築学科に入学したのですが、いざ入ってみると、なかなかにサッカーをしていた頃のようには没頭することが出来ませんでした。そのことも、大学生活にずっと立ちこめていた憂うつ感の大きな要因のひとつだったでしょう。その感情をより深く掘り下げてみると、こんなぼくとは対照的に同じ教室で目にする、いきいきとした様子で建築の勉強に夢中になっている同級生達への劣等感だったのかもしれません。そう、高校生までのぼくは(自分で言うのもなんですが)それなりに優等生の部類に属していたと思います。まあ正直にいってみれば、ある種の自分より出来ない人たちへの優越感も感じていたことでしょう。しかし、浪人生活の一年間からを曲がり角に、自分の立ち位置がコロコロと坂を転げ落ち、劣等生の部類に転落してしまいました・・・。

大学生活の葛藤の日々は、つづきます・・・。

 

次回へ、つづく。

 

 

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写真はお話と関係ありませんが、

四万十の自宅の近所のお気に入りの滝です。

あー、夏も終わりましたね。。。